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アサガオ
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       アサガオ(23/8/2)

 4月・5月に育てた花や野菜が大きくなる季節になると生物の生命力を感じます。特に、子どもは年齢が若いほど感動が大きいのです。大人は、季節の移ろいも当たり前になり、心が動きません。しかし、子どもは違います。夕立の後の虹がうれしいのです。、小さな虫に心を寄せるのです。
小学校一年生には、生活科があります。多くの学校ではアサガオやヒマワリ、ミニトマトなど植物を栽培します。植物を種から育てる過程で学ぶ内容が大きいからです。
しかし、材料や環境が整ってもそれにどう関わるかは周りの大人の気遣いにより成果や効果が違ってきます。
ある学校では、一年生に二年生がアサガオの種を引き継ぐ学習を続けています。夏が終わり種が採れた時、来年の一年生にプレゼントをするという学習をします。四月にプレゼントされた一年生は、命を引き継ぐという責任の重さを感じるのでしょう。宝物を手にしたような気持ちで見つめています。長年続けているので、命の重さを無意識のうちに感じているのでしょう。
大人の関わりといえば、1年生の日記には、アサガオの種を蒔くと時の様子を次のような文章が書いてきます。
「きょう、おかあさんとアサガオのたねをうめました。」
「きょう、おじいちゃんおおうちでアサガオのたねをまきました。」
「アサガオさんに、つちのおふとんをかけてあげました。」
同じ動作や行為でも「うめる・まく・おふとんをかける」というように表現の違いがでてきます。文章からその時々の様子や関わりが見えてきます。一年生の子が生み出した表現ではなく、大人の語りが言葉になっているからです
一年生は、指示に忠実です。水を忘れないようにと指示をすると、雨の日でも水をアサガオにかけています。しかし、気がつくと、そういう姿も見かけなくなります。大人が、「雨の日は水は必要ありません」と指示する前に、その不自然さを学習するからです。大人のお節介は子ども好奇心の目を摘むから用心が必要です。
アサガオが目を出し、ツルを伸ばすと学校では、日々の変化が一大ニュースになります。
「せんせい、アサガオのめがでたよ。」
「きれいなは花がさいたよ。」
「たくさんつぼみができているよ。」
と、観察した結果を感動込めて伝えにきます。その日の日記は、アサガオの話題でふくらみます。
「アサガオがさきました。たくさんさきました。きれいにさきま  した。うれしいです。」
子ども喜びが伝わってくるので、「よかったね」と相槌を打ちます。しかし、観察する力を育てるチャンスと捉えると少し対応が変わってきます。
「赤い花が二つさいたよ」
「葉っぱにちいさな線があったよ」
と、見たことの事実が言葉の中に入っているかどうかに気をつけて聞くことです。初めて知ったことを「いろいろ・たくさん」とまとめることから具体的な表現に目を向けると考える力を育てる手がかりができます。
「アサガオがきれいにさいたよ」
「そう、よかったね。」
で完結する会話では、事実の報告になってしまいます。しかし、
「そう、きれいなお花をお母さんもみたいので、お話をもっと聞  かせて。」
と、おねだりをするのです。身振り手振りで話をしたり、絵を書いて説明を始めたら成功です。「忘れた。明日、もっと見てくるね。」
と、次の日の課題を自分で決めるようにもなります。
時々は、子どもの学校ごっこや保育園ごっこ、家族ごっこを楽しみ、子ども役、赤ちゃん役を果たす演技力が大人には必要です。
アサガオから、生命の尊さ、課題を見つける力の育成、語彙を増やす、考える力を育てるなど様々な芽を心に植え付けてくれます。

 
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