A小学校の研究のまとめをされる会に参加した。一年間の反省をしながら
成果を確かめられていた。
研究授業で見る子ども達の生き生きとした姿や、先生方のメリハリの効いた指導で、「総合的な学 習の時間」がねらいの通り成果を上げていることは理解してたがその背景を知ることができた。
A小学校では全校あげて「書く活動」を確実に確保しておられること、算数の力を育てる
ために計算の学習をこれも全校あげて取り組んでおられるということだった。
書くことについて言えば、進んで書くという性質のものではない。特別な時間を確保して
書くことの日常化を図る必要があるという質のものである。
けれども、その大切さを理解しても、特別に書くことに関心が場合を除いて、それほど
熱心になれないのも事実である。
書くという活動が「総合的な学習の時間」にどう響いているかということを詳述することはできないが
先生方が、基礎となる力に目を向け、全校あげて取り組み、その力を教科の学習や「総合的な
学習の時間」に生かそうとしている方向ははっきりとしていた。
つまり、確実に力として身に付けさせることと子どもと一緒に体験を積み上げるという両面から
のアプローチなのである。基礎を忘れた「総合的な学習の時間」は面白さはあっても確かな学力
はどうなっているのかという課題が残る。
育てること、鍛えること、学ばせることのポイントを押さえて研究を続けているという姿勢を強く感じた。
つまり、A小学校では全校あげて取り組んでいるという事が学びの基礎基本となり「総合的な学習の時間」を
を支えているということを思いながら、誇らしげに語り合う先生方であった。 |