掃除の効 (040421)
期待している新任の教師の一人にN君がいる。
学生時代から教師への熱い思いを抱き続続けた青年である。サークルを作ったり先輩教師に学んだり、研究発表があると聞けば東奔西走するなど半端ではなかった。
N君は2年生を担任した。教育実習も2年だったので自信があったのだろう。子どもと出会う前夜までは夢を膨らませていたはずである。
しかし、彼の描いていた子ども達と違ったようである。
子どもとの心の距離を感じたり、思うように動いてくれないことを躓きと感じる出来事が続いたらしい。「叱る練習をした」という意味のメールが2日目に届いた。
N君から「そうじに力を入れています。そうじそうじそうじ。まず、そこから始めたいと思って。口の悪い、国語教師としては失格だけど、一生懸命、頑張っています。今日は、そのそうじが時間通りに終わって、かなりきれいで・・・。うれしかった」というメールが届いた。これを見て、2年生の担任として壁を越えたと思った。
「最高です。学校中で一番を作るのです。掃除は先生と子どもでできる仕事です。それに形で見えます。学級に誇りが生まれます。掃除ってよいところに気が付きました。さすがです」というメールを送った。
掃除であったことがよかったと思っている。それは、私にも次のような経験があるから。(略)